はてな村の闇などぬるい、ぬるすぎる。本物の闇というものをお見せしよう

闇系というなんとも香ばしい表現が大真面目に使用され、日夜手斧が飛び交うここはてな村には、己が執着に囚われ、延々と呪詛を振りまく半ば狂気的ともいえる人間が数多く住んでいる。

彼(彼女)らの高い攻撃性から生み出される言説は、しばしば目にする者を震え上がらせ、村社会特有の排他的で閉鎖的な空気を形成していく。「はてな村は恐ろしいところだ。近寄るんじゃない」――そのような風評を耳にして村民登録に尻込みしてしまった人も少なくはないだろう。

しかしながら、私はそんな彼らを恐ろしいと思ったことは一度もない。なぜなら私は彼らの思考体系が理解できるからだ。どのようなプロセスを経てその結論に至ったのかが文面からおおよそ察することができるのである。

無論、賛同できることもあれば、できないこともある。が、少なくとも何に執着しているのか、何を叫ばんとしているのかは理解ができる。恐らく私も本質的に同種の人間なのだろう。彼らのそのあまりの人間臭さに愛着すら覚えることも多々ある。

だからこそ、私は言葉を選ばず言えばはてなの闇とやらがぬるく思えて仕方がない。壮絶な経験をされている人もいるだろう。何の希望も持てず、絶望に苛まれている人もいるだろう。決してそれらを軽視しているわけではないが、この世界にはモノホンの狂人とも言うべき人間が確かに存在するのである。

その男、ぶっちぎりにつき

 諸君は「たきざわ彰人」という人物をご存知だろうか? 恐らくご存知ないだろう。私も直接面識があるわけではない。知人のそのまた知人経由でその存在を知ったまでである。

どういった人物なのか? それは私の口から説明するよりも、彼のブログやTwitterを見てもらった方が早いだろう。

・ブログ
http://ar7.blog.fc2.com/

Twitter
https://twitter.com/ar7_akito/

Youtube
https://www.youtube.com/channel/UCFwFwHI265fQ7CeCE6BlKog

わけのわからない妄想と共に繰り広げられる過激な皇室批判。逮捕案件としか思えない見るに堪えないイラストの数々。呂律が回っていないどころか、何を言っているのか1mmも理解できない動画。これを狂人と呼ばずして何と呼ぶのであろうか。

お分かりいただけただろうか。本当の闇とは訪れた悲劇を嘆く姿ではなく、虐げられた過去のトラウマでもなければ、こじらせた思考の吐露でもない。「セブンの制服を着て自撮り+公の場で狂気じみた妄想を基に皇室批判」これである。

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人間が自分自身を認識する場合において、自分の思考や行動そのものを対象として客観的に把握し認識することをメタ認知というが、モノホンの狂人とは、このメタ認知能力が決定的に欠けた人間なのである。

その観点から言えば、「悲劇の真っ只中にいるワタシ」を少なからず認識しているはてな村の闇などぬるい。ぬるすぎるのだ。

神は摂理として顕現している

anond.hatelabo.jp

的外れなコメントがあまりにも多すぎるので書く。

まず、そもそも神の認識がおかしい。神とは特定の人間に罰を与えたり、褒美を与えたりするような人為的存在ではない。神とは摂理である。正確に言えば摂理として顕現している。摂理としている顕現しているがゆえに、万物に等しく働きかけることができるのであって、その性質とは"絶対的公平"である。

こう言うとすぐに「私のどう考えても公平とは思えない境遇」や「先天的な疾患や災害に巻き込まれたケースについても同じことがいえるのか」といった反論がでてくるが、それらは誤った人間観あるいは死生観から生じる幻想に過ぎない。

誤解している人間が多いが、善因善果・悪因悪果・自因自果、これらは決して弱者のルサンチマンなどではない。歴然たる事実である。蒔いた種は自らが刈り取らねばならないのだ。この宇宙を貫く摂理である因果律は数学的正確さをもって機械的にあなたの思考・言動・行為に対する結果を返す。あなたがたはその寸分の狂いもない完全な働きを認識できていないから、「神などいない」と罵り、安易な感情論に流されて本質を見誤るのだ。

蒔いた種は自らが刈り取らねばならない以上、あなたが直面している困難は必ず克服できる。しつこいようだがこれは信仰ではない。事実を述べているまでである。あなたが蒔いた種である以上、あなた以上のものは実らない。よって、論理的帰結として克服できないはずがないのだ。

最後に、増田には負の感情は諸刃の剣だということを知っていただきたい。負の感情はとてつもない原動力を生むが、同時に心を蝕んでいく。負の感情を捨ててポジティブになれ、と言ってるのではない。根拠薄弱なポジティブシンキングほど脆いものはない。負の感情に振り回されるのではなく、飼い慣らせと言っているまでだ。

死に逃げてはいけない。死ねばすべて終わって楽になるなどというのは、とんでもない誤解である。