神は摂理として顕現している

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的外れなコメントがあまりにも多すぎるので書く。

まず、そもそも神の認識がおかしい。神とは特定の人間に罰を与えたり、褒美を与えたりするような人為的存在ではない。神とは摂理である。正確に言えば摂理として顕現している。摂理としている顕現しているがゆえに、万物に等しく働きかけることができるのであって、その性質とは"絶対的公平"である。

こう言うとすぐに「私のどう考えても公平とは思えない境遇」や「先天的な疾患や災害に巻き込まれたケースについても同じことがいえるのか」といった反論がでてくるが、それらは誤った人間観あるいは死生観から生じる幻想に過ぎない。

誤解している人間が多いが、善因善果・悪因悪果・自因自果、これらは決して弱者のルサンチマンなどではない。歴然たる事実である。蒔いた種は自らが刈り取らねばならないのだ。この宇宙を貫く摂理である因果律は数学的正確さをもって機械的にあなたの思考・言動・行為に対する結果を返す。あなたがたはその寸分の狂いもない完全な働きを認識できていないから、「神などいない」と罵り、安易な感情論に流されて本質を見誤るのだ。

蒔いた種は自らが刈り取らねばならない以上、あなたが直面している困難は必ず克服できる。しつこいようだがこれは信仰ではない。事実を述べているまでである。あなたが蒔いた種である以上、あなた以上のものは実らない。よって、論理的帰結として克服できないはずがないのだ。

最後に、増田には負の感情は諸刃の剣だということを知っていただきたい。負の感情はとてつもない原動力を生むが、同時に心を蝕んでいく。負の感情を捨ててポジティブになれ、と言ってるのではない。根拠薄弱なポジティブシンキングほど脆いものはない。負の感情に振り回されるのではなく、飼い慣らせと言っているまでだ。

死に逃げてはいけない。死ねばすべて終わって楽になるなどというのは、とんでもない誤解である。